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エコール150年のあゆみ ~明治維新から政木商店設立までの道のり~

 大いなる希望を胸に、尾張から江戸へ

東京エコールならびにエコール流通グループのルーツは、江戸時代末期。当時の尾張の国、現在でいえば愛知県江南市において、政木直八、安藤東蔵、柴垣仙七の3人が、能登半島から塗物を買い付けて商いを行っていたのがそもそもの始まり。

折しも、江戸幕府終焉という激動の時代を迎え、新時代の到来を予感した政木、安藤、柴垣の3人は、共同で新しい事業を興そうと大いなる夢を抱き、明治元年(1868年)に新天地江戸(東京)へと向かった。

明治3年になると、3人がそれぞれ1500円ずつを出し合い、日本橋堀江町に念願の店舗を購入。屋号を「平谷商店」とする。
その後、火事による店舗の焼失、商売の行き詰まりなど、立て続けに事業のピンチを迎えるが、西南戦争以降の好況を背景に一気に負債を返し、経営を軌道に乗せていった。

 いまも江南市布袋に残る幕末以来の政木家住宅(左)と、安政6年当時に使われていた提灯と提灯入れ(右)。

日本橋堀江町にあった平谷商店の店舗図。明治18年に刊行された「東京商工博覧絵」に掲載されていたもの(国立国会図書館蔵)。

二代目政木藤吉、30歳で経営の中核に

明治25年に初代政木直八が他界すると、息子の政木藤吉が若干19歳で二代目を継承。そして翌年、それまでの平谷商店が改組され、3者が12,000円ずつを出資しあい、「平谷合資会社」を設立する。
ただし、藤吉は当初まだ若かったこともあり、すぐに合資会社の経営に携ることはなかった。それから10年ほどは地方を回るような地道な商売の修行を積み、明治35年になってようやく会社の経営に実質的に参画するようになった。

現存する当時の決算帳によれば、明治35年度には5万6500円だった売上が、明治40年には10万6100円にまで達しており、会社の急速な成長ぶりがうかがえる。
当時の営業エリアは、東北、岩代、信越、常磐、東海、房総、両毛、武相と東日本一帯におよび、取り扱い商品は、雑貨、歯ブラシ、石鹸、手帳、鉛筆、石筆、石版などで、すでに文具類を扱うようになっていた。

二代目政木藤吉の写真(上)、平谷商店時代の帳簿類(下左)、平谷商店名前入りの石鹸広告(下右)

合資会社を分割し、政木商店独立へ

時代が大正に入ると、2つの大きな転機を迎える。
まず、第一次大戦の影響で、それまで輸入にたよっていた文具がほとんど日本に入ってこなくなり、国内文具メーカーが大いに活気づく。戦時特需による好景気もあり、平谷合資会社は大きく発展した。

こうした中、政木、安藤、柴垣の3人は、それぞれが独立して経営活動をしたいと考えるようになり、話し合いの結果、3人は堀江町、横山町、馬喰町の3店舗を分け合うこととなる。そして大正6年、政木藤吉は横山町の店舗において「政木商店」として新たな一歩を踏み出すこととなった。

やがて政木商店発足から5年がたつと、再び個人商店から合資会社に戻すこととなる。第一次大戦による好景気も終息していたが、大正11年の合資会社政木商店の出だしはまずまず。しかし、翌12年、関東大震災という未曽有の大災害に見舞われ、政木藤吉はさらなる苦境を迎える。

政木商店となってからの「カネホ」の商標登録証(左)、政木商店名入りの半纏と手ぬぐい(右)
エコールのあゆみ 世の中の動きと文具
明治元年(1868)
政木直八・柴垣仙七・安藤東蔵が尾張国布袋野(現・愛知県江南市)より東京に上り、「平谷藤吉商店」を創業する。深川を宿所とし、東京市中・関東・東北方面において取引を開始。
・鳥羽伏見の戦い
・9月8日 明治と改元、一世一元の制定める 
明治3年(1870)
3人で1500円ずつを出し合い、出資金4500円にて日本橋堀江町(現・小舟町)に店舗を設置し、「平谷商店」として開業する。
・東京に小学校開校の布達
・平民に苗字使用を許可(四民平等) 
明治4年(1871年)
堀江町の店舗を火事で焼失し、事業断念の危機を迎える。
・郵便事業開始
・廃藩置県 
西南戦争(明治10年)後の数年、好況が続き、事業を軌道に乗せる。 ・明治17年 初めて万年筆が輸入される(丸善)
明治25年(1892年)
政木直八死去、享年55歳
・明治20年 日本で初めて鉛筆の量産に成功
明治26年(1893年)
平谷商店を改組し、「平谷合資会社」設立(資本金36,000円)。二代目政木藤吉が若干19歳で共同経営者となる。ただし、実際の経営には参画していない。
・明治29年 日本で初めて腐らないのりを発売(不易糊)
・明治37年 日露戦争
大正 6年(1917年)
共同経営による平谷合資会社を解散。政木藤吉は、「政木商店」として東京日本橋横山町に店舗を構える。
・大正3年~大正7年 第一次世界大戦
大正11年(1922年)
政木商店を「合資会社政木商店」(資本金25,000円)に改組する。 
・アインシュタイン来日
大正12年(1923年)関東大震災で社屋を焼失する。